2013年 04月 17日

4月例会のお知らせ

【4月例会】

共 催:イタリア言語・文化研究会
日 時:2013年4月27日(土)15:00~
場 所:早稲田大学戸山(文学部)キャンパス新33号館8階第9会議室
報告者:(1) 津田悠一郎、(2) 倉科岳志
題 目:(1) イタリア語の音韻構造、(2) 晩年期のクローチェ―ファシズム病気論と弁証法の起源―

【倉科会員 報告要旨】
本報告の目的は、G・サッソとM・ムステの先行研究が方向性を示しながらも明示しえなかった、晩年期ベネデット・クローチェにおける深化された精神哲学に至るまでの内的思想過程とその構造を考察することにある。そのさい、当時のクローチェが「文学」概念を新たに構築し、そこに「文明」の契機を見始めていること、ナチズムの蛮行を目の当たりにして人間精神に内在する「悪」に着目するようになったこと、ファシズム批判の末にその再生を防ぐ方策を念頭に置きながら自らの哲学を再考していることを考慮する。
結論のみを簡潔に述べれば以下のごとくなる。クローチェは自らの精神哲学の深化にあたって、歴史に上位と下位を想定した。普遍的な層を構成する上位の歴史叙述には、「詩」の歴史、哲学史、「倫理-政治」史があり、これらを支えるのが「文学」史、科学-技術史、政治-経済史で構成される文明史である。上位の歴史を書くにしても、下位の歴史を書くにしても歴史叙述の真実性を保証するのは文献学である。したがって、文献学自体は直接的に真理を明らかにすることはできないにせよ、道具的な価値を有しているとされる。これら歴史的現実を作り出す人間精神の根底にあるのが「生命性」であり、晩年期のクローチェの努力は、ときに悪に転化し猛威を振るう「生命性」というものをいかに精神のなかに置づけるかということに向けられていた。

# by storia-italiana | 2013-04-17 18:44 | 2012年度
2013年 04月 17日

メール復旧について

3月14日付ブログで、メールが不調とのお知らせをいたしましたが、現段階で復旧しております。
よって、3月14日付「お知らせ」は削除いたします。

# by storia-italiana | 2013-04-17 18:40 | 2012年度
2012年 10月 31日

イタリア近現代史研究会 11月および12月例会のお知らせ

【11月例会】
日 時:11月10日(土)15:00~
場 所:明治大学リバティタワー(千代田区神田駿河台1-1)9F ゼミ室1097(イタリア文化研究所との共催)
報告者:Joze Pirjevec氏
概 要:Pirjevec氏の近著 Foibe : Una storia d'Italia (Einaudi, 2009)に基づき、イタリア東部国境におけるイタリア・スロヴェニア関係等についてご報告いただく予定です。

同書に関しては、著者から次の言葉が寄せられています。
Il sanguinoso capitolo delle "foibe", legato alla fine della seconda guerra mondiale, che vide "regolamenti di conti" dappertutto in Europa dove s'era manifestata una qualche Resistenza, sarebbe stato da tempo relegato nei libri di storia come una delle vicende minori di quella mattanza mondiale che pretese cinquanta milioni di vite umane. Dato però che si colloca in una realtà mistilingue in cui le opposte idee sulle frontiere "giuste" sono state a lungo in conflitto tra loro, esso è ancor vivo nella memoria collettiva dell'area giuliana e ancora sfruttabile a fini politici interni e internazionali. Sebbene il contenzioso sulle frontiere sia stato risolto attraverso un lungo e articolato processo diplomatico [...], esso non si è ancora risolto nelle menti e nei cuori delle popolazioni interessate. È stato anzi rinfocolato dalla crisi della Jugoslavia negli anni Ottanta e dal suo successivo sfacelo, con l'emergere dalle sue rovine di nuove realtà statali, la Repubblica di Slovenia e quella di Croazia soprattutto. Il contemporaneo crollo del Muro di Berlino e i suoi contraccolpi sulla politica interna italiana, con la scomparsa dei vecchi partiti e l'emergere di nuovi, provocò nella Penisola una crisi d'identità e di coesione nazionale, alla quale le forze di destra e quelle di sinistra pensarono di rispondere facendo ricorso allo strumento piú ovvio e tradizionale: quello del nazionalismo.

【12月例会】
日 時:12月15日(土)15:00~
場 所:明治大学12号館(千代田区神田駿河台1-1)6F 2062教室(イタリア文化研究所との共催)
合評会:マウロ・カリーゼ著、村上信一郎訳「政党支配の終焉-カリスマなき指導者の時代」(法政大学出版局 2012年)
評 者:馬場康雄、古賀光生、八十田博人
※ 例会終了後に、忘年会を予定しています。

# by storia-italiana | 2012-10-31 09:53 | 2012年度
2012年 07月 28日

イタリア近現代史研究会 2012年度全国大会のお知らせ

○2012年度全国大会について

これまで日時、場所等の概要をお知らせしておりました全国大会について、ゲストとしてお招きするMarco Del Beneさんから報告の梗概をいただきましたので、プログラムとあわせ、以下のとおり、お知らせいたします。今回は、日本との比較の視点に立ったイタリアの現状分析という枠組で、政治と司法の分野について報告をいただき議論を行いたいと思います。

日時:平成24年8月5日(日)14時~18時
場所:東京外国語大学本郷サテライト4Fセミナールーム
(〒113-0033 東京都文京区本郷2-14-10 http://www.tufs.ac.jp/access/hongou.html)
共通テーマ:日本との比較の視点に立ったイタリア現状分析-90年代半ば以降を中心に
プログラム:
14:00~15:00
 Marco Del Bene (Sapienza Universita' di Roma)
 「Prima, seconda o terza Repubblica? Cosa cambia nel paese del Gattopardo?」
  コメント:村上 信一郎(神戸市外国語大学)
15:10~16:10
 Andrea Ortolani (東京大学)
 「La situazione attuale della giustizia in Italia」
  コメント:芦田 淳(国立国会図書館)
16:30~17:30
 全体討論
17:30~18:00
 総会
18:30頃~
 懇親会

※ おおよその人数把握のため、現段階で懇親会出席予定の方は、お手数ですが事務局までお知らせください。
また、会場はセキュリティ管理が厳重とのことですので、可能な限り14時の開会にあわせてお越しいただけましたら幸いです。

Marco Del Bene氏報告要旨(梗概):
 Premessa
 L'eredita del berlusconismo
 Riforme istituzionali, costituzionali, preterintenzionali…
 Il governo Monti
 L'empasse della politica
 La mina vagante Grillo
 Conclusioni

Andrea Ortolani会員報告要旨:
 L’intervento intende presentare in maniera sintetica la situazione della giustizia in Italia negli ultimi anni, offrendo una valutazione comparata con la situazione giapponese.
 In primo luogo si toccheranno i diversi problemi che affliggono la giustizia civile e la giustizia penale. Nel caso della giustizia civile, il nodo principale è costituito dai lunghi tempi necessari ad ottenere una sentenza definitiva. Le critiche rivolte alla giustizia penale sono mirate soprattutto alla fase dell’esecuzione della pena. Inoltre, rimane irrisolta da tempo la questione del rapporto tra politici e magistrati.
 Diverse proposte di riforma sono state avanzate per far fronte a questi problemi, ma non sempre esse hanno ottenuto successo. La seconda parte dell’intervento illustra gli interventi recenti del legislatore e offre una valutazione dei loro effetti.
 Infine, l’intervento si chiude con una valutazione complessiva della situazione italiana, e con alcune osservazioni da una prospettiva comparata italo-giapponese.
(本報告は、近年のイタリアにおける司法の状況について、日本の状況とも比較しながら、その概略を示そうとするものである。
まず、イタリアの民事・刑事裁判を苦しめている様々な問題を扱う。民事裁判の場合、終局判決を得るまでに長い時間を要することが大きな問題である。刑事裁判の場合、刑の執行の局面が特に批判に晒されている。加えて、政治家と司法官の関係についての問題も、長きにわたり解決されないままでいる。
こうした問題に対処するため、様々な改革の試みが進められてきたが、必ずしも成功を収めるには至っていない。報告の後半では、近時の立法を紹介し、その有効性についての評価を行う。
そして、報告の最後には、日伊比較の視点からの考察とともに、イタリアの状況の総合的評価を行う。)

○今後の予定について
 全国大会後の例会につきましては、10月13日(土)、11月10日(土)で調整中です。詳細につきましては、後日、お知らせさせていただきます。



# by storia-italiana | 2012-07-28 20:25 | 2012年度
2012年 07月 07日

7月例会のお知らせ

共 催:早稲田大学イタリア研究所
日 時:2012年7月14日(土)15:00~
会 場:早稲田大学戸山(文学部)キャンパス39号館6階第7会議室
報告者:脇坂 成実(早稲田大学)
題 目:19世紀イタリアの法と秩序―犯罪結社に対する法的規制をめぐって


【報告要旨】
 現在、国際犯罪組織として大きな影響力を持ち、『死都ゴモラ』やその映画化などにより、我が国においてもその名が知られるようになってきたカモッラであるが、その歴史や組織構造、マフィアとの違い等についてはあまり知られていない。さらに、イタリアにおいて犯罪結社の取締りに対してどのような議論がなされているのかについても、特にリベラルな刑法学者の議論について我が国においてほとんど知られていない。歴史的には、19世紀イタリアにおいて市民刑法学とも呼ばれる自由主義的な刑法学を志向するゆるやかな学派が成立した。従来あまり触れられることのなかった、代表的な市民刑法学者フランチェスコ・カッラーラによる犯罪結社罪に対する解釈を検討することで、犯罪結社罪に対するリベラルな刑法学の議論の構造が明らかになろう。また、イタリア史上最も犯罪結社が問題となったのは19世紀であり、当時の犯罪結社に対する刑事規制と行政規制を対置させて検討することは、問題の所在を一層鮮明にするであろう。
 本報告は以上の問題意識から、「犯罪の『実行行為の着手』を構成する行為のみ刑罰に服せしめ、純粋な予備行為は除く、という侵すべからざる19世紀の刑法原理に対する例外の道を、自由主義国家が(Fiore, 1988)」どのようにたどったのかについて、犯罪結社に対する刑事規制と行政規制に焦点を当てることで検討する。報告の順番として、「1. はじめに」で、刑事規制と行政規制の法的性格の違い、法益概念、犯罪結社罪の基本構造や共謀罪との相違など本報告で扱う基本的概念を説明し、「2. 19世紀における犯罪結社」においてカモッラを中心にその勃興と衰退を説明する。その際に、匪賊やマフィアとの比較も行う。「3. 犯罪結社に対する刑事規制」では、①ナポレオン刑法典(1810年)、②両シチリア王国刑法典(1819年)、③トスカーナ刑法典(1853年)、④サルデーニャ刑法典(1859年)、⑤ザナルデッリ刑法典(1889年)における犯罪結社罪を検討する。そして、市民刑法学を代表するフランチェスコ・カッラーラがどのように犯罪結社罪を捉え、その処罰根拠をどのように考えたか等について検討する。「4. 犯罪結社に対する行政規制」では、いわゆるピカ法(1863年)を扱う。ここでは、ピカ法の基本的性格・構造・刑事規制との連続性について検討する。「5. 終わりに」では、犯罪結社罪やピカ法の持つ犯罪予防的性格を指摘し、19世紀イタリアにおいて法規制の在り方が、『行為への非難』(=法的平和の実現)から『状況の管理』(=公の秩序の実現)への移行があったことを指摘する。そして、最後に自由のパラドックスの解決としての例外論について考察したい。

【主要参照文献】
①Aleo, Salvatore, Sistema penale e criminalità organizzata: le figure delittuose associative, 3ed, Giuffrè, 2009.
②Canosa, Romano, La polizia in Italia dal 1945 a oggi, Il Mulino, 1976.
③Carrara, Francesco, Programma del corso di diritto criminale, Parte speciale, Ⅶ, Lucca, 1871.
④Molfese, Franco, Storia del brigantaggio dopo l’Unità, 5ed, Feltrinelli 1979.
⑤Passano, Mario Da, Il diritto penale toscano dai Lorena al Borbone(1786-1807):Dalla“mitigazione delle pene ”alla “protezione che esige l’ordine pubblico”, Giuffrè , 1988.
⑥Sales, Isaia, La camorra le camorre, Editori Riuniti, 2ed, 1993.
⑦Sbriccoli, Mario, Storia del diritto penale e della giustiziaⅠ: Scritti editi e inediti(1972-2007), Giuffrè, 2009.
⑧Fiore, Carlo, Il controllo della criminalità organizzata nello stato liberale: Strumenti legislative e atteggiamenti della cultura giuridica, in Studi Storici, Istituto Gramsci, 1988.
⑨Behan, Tom, See Naples and die: The Camorra and Organised Crime, Tauris, 2009.
⑩サルヴァトーレ・ルーポ(北村暁夫 訳),マフィアの歴史, 白水社, 1997.
⑪藤澤房俊, 匪賊の反乱:イタリア統一と南部イタリア, 太陽出版, 1992.

 
※お詫び:今年度、会報担当事務局を担当します、谷本です。
  ブログ更新作業を誤り、前年度12月の例会案内を編集してしまい、その結果、前回ブログ更新の日がわからなくなり、とりあえず11日としましたが、正確な更新日を覚えておられる方は、事務局メールアドレスまでご連絡ください。

# by storia-italiana | 2012-07-07 14:44 | 2012年度
2011年 12月 11日

12月例会のお知らせ

共 催: 早稲田大学イタリア研究所
日 時: 2011年12月17日(土)15:00~19:00
(懇親会は「茜どき」早稲田店http://r.gnavi.co.jp/e355700/でおこないます)
会 場:早稲田大学文学部(戸山)キャンパス39号館5階第6会議室
報告者: 伊藤 武(いとう・たけし)、八十田博人(やそだ・ひろひと)
コメント: 村上信一郎(むらかみ・しんいちろう)
題 目: イタリア戦後体制の再検討:「ヨーロッパ」の視角からの接近
【企画趣旨】
 イタリアの「戦後体制」としての第一共和制については、すでにイタリアや日本など他国でもその歴史的意義の再検討が進められつつある。たとえば、統一150周年との関係で相次ぐ通史の出版は、そうした関心のあらわれであろう。
 しかしながら、これらの再検討において、第一共和制を統一やレジスタンスなどイタリア史上の文脈から振り返る議論と比べると、ヨーロッパの視角を導入する議論は脆弱である。ヨーロッパとの比較は、あくまで言説レベルに留まっており、実証的歴史研究に基づいた考察はきわめて乏しい。
 報告者両名は、テーマは異なるものの、これまでイタリアの戦後史についてヨーロッパとの関係性を重視した研究を行ってきた。その中で、①戦後イタリアがヨーロッパ統合に限らず、ヨーロッパとの具体的な結びつきを持ちながら歴史的に「発展」してきたこと、②それゆえに各国史としてもヨーロッパの文脈の中でイタリアを捉え直すことが必要であること、③再検討は言説レベルとしてだけでなく実証的根拠を伴って行われなくては有効でないことを強く意識するに至った。
 そこで本研究会の場をお借りして、再建期の経済改革(伊藤)と「68年」問題(八十田)をテーマに、ヨーロッパという補助線を導入してイタリアの戦後史を見たとき、どのような意義があるのかを考察したい。本企画は、なお途上の研究に関して報告するもので、話題提供に留まるが、戦後イタリア史を再検討するひとつのきっかけとなることを期待している。

伊藤 武戦後再建期のイタリア政治経済と「自由主義」:「オルド自由主義」論からの考察
【報告要旨】
 本報告者は、戦後再建期イタリアの政治経済体制について、公的介入や政党政治との関係に着目して研究を進めてきた。マーシャル・プラン援助の政策執行に関する研究する中で、左の共産主義・社会主義でも、右の自由主義でもなく、さらに従来言われてた第三の道としてのカトリック左派的改革でもないアイディアの重要性を主張した。それは、市場経済のメカニズムを基本的に尊重しながらも社会経済的な改革を実現する構想を公的介入をもって進める「新重商主義(neo-mercantilismo)」を指し、その担い手となったニッティ派の流れを汲むテクノクラート(tecnici)が多様な潮流の結節点となる過程を論じた。
 いわば自由主義の修正版ともいうべき新重商主義をめぐる議論は、後から振り替えると、ほぼ同時期、戦後ドイツの「社会的市場経済」の起源や特質に関する議論として進展してきた「オルド自由主義(ordoliberalimus)」論と通底していた。オルド自由主義論は、戦間期およびナチス期のドイツにおいて、寡占化されたドイツ経済の構造問題を解決して成長を図るために、強力な国家の公的介入によって規制緩和など自由化を進め、経済的福祉の増大を図ろうとする議論である。この主張は一部ナチス時代の経済政策のバックボーンとなり、戦後はエアハルトらが推進した社会的市場経済政策のイデオロギー的背景を提供したとされる。さらに、このアイディアは、ヨーロッパ統合の中で競争政策など重要な政策に大きな影響を与え、共通市場を核としたヨーロッパレベルの政治経済秩序の形成の基盤となったとして現在注目を集めている。
 報告では、マーシャル・プラン援助に関する政策執行について、イタリアの事例をドイツやフランス、イギリスの事例と比較しながら、「オルド自由主義」論にみられる自由主義のバリエーションとしての政策アイディアがイタリアにとっていかなる意義を有していたかを考察する。また可能な限り競争政策など関連政策の動向についても視野に入れたい。その担い手となったのが経済テクノクラートたちであるとするならば、通常歴史的起源としてファシズムのコルポラティズモとの関連で浮上する歴史像についても、より自立した存在として捉えることになるだろう。
 本考察は、その直接の射程をこえて、体制移行から第二共和制期に活躍したテクノクラートたちの特質はいかに理解されるべきか、イタリアが多様な資本主義の中でどのような特質を有するかなど歴史的アポリアについても、一定の示唆を与えるであろう。
【参考文献】
雨宮昭彦著(2005) 『競争秩序のポリティクス:ドイツ経済政策思想の源流』(東京大学出版会)
伊藤武(2003) 『再建・発展・軍事化―――マーシャル・プランをめぐる政策調整とイタリア第一共和政の形成(1947年-1952年)―――』東京大学社会科学研究所、ISS Research Series, No.9 (2003年6月刊)
同(2008) 「『無垢な羊』か『狡猾な狐』か――近現代イタリア政治にみる専門家と民主政治の関係――」、『創文』514号、14-18頁、2008年11月
同(2011) "Searching for the Ordoliberal Origin of European Integration: Lessons from the Politics of the European Recovery Program." Paper for delivery at the biennial conference of the European Union Study Association, Boston, MA, USA, March 3rd–5th, 2011 (Panel 7F “Exploring EU Institutions over Time,” March 4th, 2011), pp.i-ii, 1-26. 査読有 [Avalilable at EUCE: euce.org/eusa/2011/papers/7f_ito.pdf ]
同(2011:近刊) 「権力からの逃走?:イタリア戦後体制の形成とテクノクラート政治」、内山融・伊藤武・岡山裕編『専門性とデモクラシー』(比較政治叢書)、ミネルヴァ書房、頁未定、査読無
小野塚知二編(2009)『自由と公共性―介入的自由主義とその思想的起点』(日本経済評論社)
⿊川洋⾏(2011)「ドイツの社会的市場経済における経済政策――オルド⾃由主義からの進化的形態――」『関東学院⼤学経済経営研究所年報』32:71-90頁.
Haselbach, Dieter. 1991. Autoritärer Liberalismus und soziale Marktwirtschaft: Gesellschaft und Politik im Ordoliberalismus. Baden-baden: Nomos.
Maione, Giuseppe. 1986. Tecnocrati e mercanti: l'industria italiana tra dirigismo e concorrenza internazionale (1945-1950). Milano: SugarCo.
Nörr, Knut Wolfgang. 1999. Die Republik der Wirtschaft. Teil I: Von der Besatzungszeit bis zur Großen Koalition. Tübingen: Mohr Siebeck.
Petri, Rolf. 2004. “Dalla ricostruzione al miracolo economico.” In di Storia d'Italiavol. V. La Repubblica (1943-1963), a cura di. Giovanni Sabbatucci e Vittorio Vidotto. Roma-Bari: Laterza.

八十田 博人イタリアの「68年」再考:カトリックの「68年」とヨーロッパ的文脈から
【報告要旨】
 「68年」の30周年にあたる1998年、《Testimonianze》(フィレンツェのカトリック系雑誌)の特集号を記念して開催されたフォーラムで、ある話者が68年は「ヨーロッパ的」運動であると話していた。「68年」は日米を含むグローバルな運動だとぼんやり考えていた私は、中共へのノスタルジーが語られるなかで、「日本」という語がまったく出てこないことに若干の戸惑いを感じつつも、翌年のユーロ導入を目前にした欧州統合の高揚感もあるのだろうと考えていた。
 当時は日本はもちろん、イタリアにおいても、証言やアンソロジーの出版はあっても、本格的な「68年」研究は少なかった。フランスの「68年の記憶」(Mémoire de 68)グループの影響から,イタリアの1966年から1978年までの社会運動の史料ガイド(文献リスト参照)が出たのが、2003年である。
 日本でもドイツの「68年」に関する井関正久氏の研究があり、イタリアでも「68年世代」が語りうるとは感じながら、『イタリアの政治』(早稲田大学出版部)の後房雄氏による社会運動の概観を除けば、特に研究の導きとなるものもなく、漫然と文献だけ集めていたところに、来春刊行予定のアメリカ研究者たちの60年代論集(油井大三郎氏編)に誘われて書いたのが、1967年から1969年かけての「短い68年」に起きたミラーノを中心とするカトリックの学生・社会運動の概観である。新左翼やトリーノを題材に選ばなかったのは、近年出たヒルウィグの英語の研究書の二番煎じに終わることを恐れた消極的理由である。
 ここではまず、上記のために少し調べたカトリックの「68年」を糸口に、イタリアの「68年」を再考してみたい。邦訳されたコラリーツィ『イタリア20世紀史』には、それまでの通史よりもカトリック学生・社会運動に関する記述が多く、これは近年の研究動向を反映したものと思われるが、単にカトリック「も」独自の運動をしていた、ということ以上に何が言えるか考えてみたい。
 さらに、カトリックに限らず、欧州内の思想的相互交渉だけでなく、当時の社会運動の態様から、イタリアの「68年」をヨーロッパ的文脈でとらえるためのヒントになる事象を拾って考えてみたいと思っている。
【参考文献】(ただし、新左翼系の運動に関する文献は、ここでは省きます)
Aldo Agosti, Luisa Passerini, Nocola Tranfaglia (a cura di), La cultura e i luoghi del '68: Atti del Covegno di studi organizzato dal Dipartimento di storia dell'Università di Torino, Franco Angeli, Milano, 1991
Roberto Beretta, Cantavamo Dio è morto: Il '68 dei cattolici, Piemme, Casale Monferrato, 2008.
Marco Boato (a cura di), Contro la chiesa di classe: Documenti della contestazione ecclesiale in Italia, Marsilio, Padova, 1969.
Mario Capanna, Formidabili quegli anni, Garzanti, Milano, 2007.
Fondazione Lelio e Lisli Basso-ISSICO, Guida alle Fonti per la storia dei movimenti in Italia (1966-1978), a cura di Marco Grispigni e Leonardo Musci, Ministero per i beni e le attività cukturali, Direzioni generali per gli archivi, 2003
Piero Di Giorgi, Il '68 dei cristiani: Il Vaticano II e le due chiese, Luiss University Press, Roma, 2008
Stuart J. Hilwig, Italy and 1968: Youthful Unrest and Democratic Culture, Palgrave Macmillan, 2009
«M.S. informazioni» Bollettino del Movimento Studentesco dell’Università Cattolica, 1967-1968
«Testimonianze» Ripensare il ’68, 402(1998-6)










# by storia-italiana | 2011-12-11 18:48 | 2011年度
2011年 11月 07日

11月例会のお知らせ

共 催: 早稲田大学イタリア研究所
日 時: 2011年11月12日(土)15:00~19:00
会 場: 早稲田大学文学部(戸山キャンパス)39号館5階第6会議室
報告者: 徳橋 曜(とくはし よう・富山大学)
題 目: 15世紀のフィレンツェ共和国の領域支配と従属都市

【報告要旨】
 15世紀のフィレンツェ共和国は、トスカーナの北半分を支配する地方国家stato regionaleであった。多くの共同体・都市がその支配領域にあり、それらのうちにはアレッツォやピサのように、14世紀にはフィレンツェに比肩していた都市もあった。従属都市の市民は、フィレンツェの支配下にあっても自分達の自治を認められたが、フィレンツェ国家という制度に関与することは許されなかった。この意味で従属共同体の地域的アイデンティティは、地方的ないし国家的アイデンティティからかけ離れていた。共和国領域にあってフィレンツェ人でない者は、たとえその地元で市民権や財産や社会的地位を持っていたとしても、国政に関与する権利を持ち得なかったのである。
 この国家のエリートとはフィレンツェの地域エリートであり、法制度と行政組織を通じて彼らのコンセンサスが地域社会を動かし、領域政治をも動かしていた。従属都市の地域エリートは、自分の都市の領域を越えて共和国の支配に権力を行使することはできなかったのである。報告では、かかる地方国家の内部でフィレンツェの地域性が従属都市の地域性とどう関わりえたか、従属都市のエリートがフィレンツェ権力とどう関わりえたかを検討する。
 中世末期から近世にかけての地方領域国家の形成への関心は、必ずしも新しいものではないが、EU統合に関わる問題意識もあってか、近年、トスカーナの地方領域国家のあり方をめぐる議論は活発である。そうしたことを踏まえながら、前近代国家における地域性や地域社会を考え、近現代史研究の立場から御意見・御助言をいただきたいと思う。

【関連文献】
AA.VV., I ceti dirigenti in Toscana nell'età precomunale (Atti del I Convegno sulla storia dei ceti dirigenti in Toscana), Firenze, 1978.
BASTIANONI, C. - CHERUBINI, G. - PINTO, G. (a cura di), La Toscana ai tempi di Arnolfo, Firenze, 2005.
BERTI, L., La prima cospirazione degli aretini contro il dominio di Firenze (1390), Archivio Storico Italiano, CLIV (1996), pp. 495-521.
BIAGIANTI, I., Storie di famiglia. Nobili, capitani, dottori nei "Ricordi della famiglia De' Giudici di Arezzo (1493-1769), Firenze, 2004.
CHITTOLINI, G., Città, comunità e feudi negli stati dell’Italia centro-settentrionale (secoli XIV-XVI), Milano, 1996
FASANO GUARINI, E. – ANGIOLINI, F. (a cura di), La pratica della storia in Toscana, Milano, 2009.
KENT, D., Friendship, Love, and Trust in Renaissance Florence, Cambridge (Mass.), 2009. ASCHERI, M. – CONTINI, A. (a cura di), La Toscana in età moderna (secoli XVI-XVIII), Firenze, 2005.
NOCENTINI, G., Le antiche famiglie di Arezzo e del contado (fra cronaca e storia), Poppi, 1995.
PATURZO, F., Arezzo medievale dalla fine del mondo antico al 1384, Cortona, 2002.
TOGNETTI, S. (a cura di), Firenze e Pisa dopo il 1406. La creazione di un nuovo spazio regionale, Firenze, 2010.
TOGNETTI, S., Attività industriali e commercio di manufatti nelle città toscane del tardo Medoevo (1250 ca.-1530 ca.), Archivio Storico Italiano, CLIX (2001), pp. 423-479.
ZORZI, A. - CONNELL, W. J. (eds.), Florentine Tuscany. Structures and Practices of Power, Cambridge, 2001.
齊藤寛海,山辺規子,藤内哲也(編),『イタリア中世都市史入門 12世紀から16世紀まで』,昭和堂,2008.
徳橋曜,「想像のレスプブリカ フィレンツェにおける共和政理念と現実」,小倉欣一(編),『近世ヨーロッパの東と西 共和政の理念と現実』,山川出版社,2004, pp. 124-149.
徳橋曜,「15世紀フィレンツェの領域支配と支配権の理念」,笠谷和比古(編),『公家と武家』,思文閣出版,2008, pp. 446-465.



















# by storia-italiana | 2011-11-07 23:09
2011年 10月 13日

10月例会のお知らせ

共 催: 早稲田大学イタリア研究所
日 時: 2011年10月29日(土)15:00~19:00
会 場: 早稲田大学文学部(戸山キャンパス)33号館(構内に入ってすぐのプレハブ校舎)2階第二会議室
報告者: 本田 亜紗子(ほんだ あさこ・早稲田大学大学院政治学研究科)
題 目: イタリア・ベルルスコーニ政権における年金改革―政策決定過程の検討を中心に―

【報告要旨】
 本報告では、「イタリア・ベルルスコーニ政権における年金改革―政策決定過程の検討を中心に―」と題して、近年のイタリアにおける年金改革を政治学、特に政策決定過程の視点から検討する。先進各国と同様に、イタリアも少子高齢化や財政上の問題などから年金を含めた各種福祉改革が求められている。また、イタリア独自の特徴として、GDP当たりの年金支出が他のヨーロッパ諸国よりも多いこと、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の受給格差、地域格差、非効率性などが挙げられる。これらの点からもイタリアの年金制度は長年の問題である。
 一方、イタリアを含めた多くのヨーロッパ諸国では、これまで福祉改革において大きな役割を果たしてきた労働組合の影響力が近年低下していると言われている。政治学の世界でも同様のことが議論されており、労働組合の影響力やその役割の変化などをも考慮した現代福祉国家は主要な研究テーマのひとつとなっている。本報告では、まず政治学の理論枠組みを用いることによって、イタリアの労働組合、経営者団体を含めた利益集団の特徴を捉える。それによって、ヨーロッパ労働組合の影響力低下という主張に対して、イタリアの福祉改革における政府と労働の協調の必要性を明らかにする。
 以上のことを明らかにするために、事例研究では第一次(1994年)、第二次(2001-2005年)ベルルスコーニ中道右派政権による年金改革、特に政策決定過程を重点的に取り上げる。第一次政権は改革失敗、第二次政権は改革成功の例として扱うが、これらの事例を比較することで、同政権の年金改革では政府と労働組合の利害調整が必要とされたことを示す。また、同政権の年金改革の政策決定過程は、1990年代に中道左派によって行われた福祉改革のものとは異なることも述べる。

【参考文献】
Amable, Bruno, 2003, The Diversity of Modern Capitalism, Oxford University Press (山田鋭夫、原田裕治ほか訳、『五つの資本主義 グローバリズム時代における社会経済システムの多様性』、藤原書店、2005)
Della Sala, Vincent, 2004, “The Italian model of capitalism: on the road between globalization and Europeanization?”, Journal of European Public Policy, Vol.11, No.6, December 2004, pp.1041-1057
Esping-Andersen, G., 1990, The Three Worlds of Welfare Capitalism, Polity Press (岡澤憲芙・宮本太郎監訳、『福祉資本主義の三つの世界』、ミネルヴァ書房、2001)
Ferrera, Maurizio, 1996, “The „Southern Model‟ of Welfare in Social Europe”, Journal of European Social Policy, Vol.6 No.1, 1996, pp.17-37
Ferrera, Maurizio and Jessoula, Matteo, 2007, “Italy: A Narrow Gate for Path-Shift”, Immergut, Ellen M., Anderson, Karen M. and Schulze, Isabelle, The Handbook of West European Pension Politics, Oxford University Press, 2007, pp.396-453
Hall, Peter and Soskice, David, 2001, Varieties of Capitalism: Institutional Foundations of Comparative Advantage, Oxford University Press(遠山弘徳他訳、『資本主義の多様性 比較優位の制度的基礎』、ナカニシヤ出版、2007)
Molina, Oscar and Rhodes, Martin, 2007, “Industrial Relations and the Welfare State in Italy: Assessing the Potential of Negotiated Change”, West European Politics, Vol.30 No.4, September 2007, pp.803-829
Natali, David and Rhodes, Martin, 2005, “The Berlusconi Pension Reform and The Emerging ”Double Cleavage” in Distributive Politics”, Guarnieri, Carlo and L.Newell, James, Italian Politics Quo Vadis?, Istituto Cattaneo, 2005, pp.172-189
伊藤武(2006)「現代イタリアにおける年金改革の政治―「ビスマルク型」年金改革の比較と「協調」の変容」、専修法学論集、第 98 号、2006.12、pp.91-131
―(2009)「イタリアの労働政治―歴史的拘束と新しい環境への対応―」、新川敏光、篠田徹 編著、『労働と福祉国家の可能性 労働運動再生の国際比較』 ミネルヴァ書房、2009、pp.214-230
小島晴洋 他、『現代イタリアの社会保障』、旬報社、2009










# by storia-italiana | 2011-10-13 03:53
2011年 07月 25日

全国大会のお知らせ

日 時: 2011年8月27日(土)13:30~(開場13:00)
        28日(日)9:30~ (開場9:00)
会 場:龍谷大学深草学舎 紫英館5階大会議室 http://www.ryukoku.ac.jp/fukakusa.html
(紫英館は地図6番の建物です)

テーマ「イタリアにおける移民問題の現状」
【8月27日(土)】
13:30~ 北村暁夫「イタリアにおける移民問題の現状―序論的考察」
14:10~ 宮崎理枝「イタリアにおける外国人家事・ケア労働者の現状」
15:20~ エリカ・ロッシ「スタジアムで過ごす日曜日の午後―在ミラノペルー移民の音楽的実践」
18:00~ 懇親会
【8月28日(日)】
9:30~ 杉野竜美「イタリアにおける移民子弟の教育問題:外国籍生徒の教育達成に影響を与える諸相について」
10:40~ 全体討論
12:30ごろ終了予定

【報告要旨】
◆北村暁夫「イタリアにおける移民問題の現状―序論的考察」
 報告者は1999年に「移民と外国人労働者」(馬場康雄・奥島孝康編『イタリアの社会』早稲田大学出版部に所収)という小文を執筆し、そのなかできわめて不十分な形ではあったが、1980年代以降イタリアに流入した移民immigrazioneの実態を記述した。だが、それから10年あまりの間に、イタリアに流入する移民の実態と彼らを取り巻くイタリア社会の状況は一変してしまった。本報告は、全国大会において「移民問題の現状」を集中的に討議するうえで、基本的な情報を提示することによりイントロダクティヴな役割を果たすことを目的とする。
 この10年における最も顕著な変化は、イタリアに在住する外国人の異常とも言えるほどの増大である。2001年の国勢調査で130万人あまりであった在住外国人は、2010年初めの段階で420万人にまで膨張している。もちろん、これは公式の統計に表れた変化であり、幾度の「正規化regolarizzazione」を経て、それまで非公式に潜在していた移民たちが可視化された合法的存在となったことによる統計的な「詐術」という側面があることは否定できない。しかし、その一方で、ルーマニア、ウクライナ、モルドヴァといった東欧諸国や中国からの移民が激増したことも事実であり、それがイタリア社会にさまざまな問題を投げかけていることは明らかである。そこで、本報告では、統計データ、法整備、イタリア社会の対応などをごく簡潔に素描し、この10年間における移民問題の変化について考察する。また、英・仏・独・スイス・スペインといった諸国における移民の状況との比較を通じて、この問題に見られる「イタリア的特質」についても考えてみたい。

参考文献
Caritas e Migrantes ; Immigrazione. Dossier Statistico 2010. Roma, Anterem, 2010.
Einaudi, Luca ; Le politiche dell’immigrazione in Italia dall’Unità a oggi. Roma-Bari, Laterza, 2007.
Istat ; La popolazione straniera residente in Italia al 1° gennaio 2010.
(http://www.istat.it/salastampa/comunicati/non_calendario/20101012_00/testointegrale20101012.pdf)
Macioti, Maria Immacolata / Pugliese, Enrico ; L’esperienza migratoria. Immigrati e rifugiati in Italia. Roma-Bari, Laterza, 2003.
Ottelli, Elena ; Spazio e mgirazione : donne ucraine a Brescia. Alcuni risultati di una ricerca qualitativa sul campo. Studi Emigrazione, 176, 2009.
Pittau, Franco / Ricci, Antonio ; I romeni in Italia e il rilascio di una integrazione al ribasso. Studi Emigrazione, 179, 2010.
Studi Emigrazione, 171, 2003, Immigrati e stranieri al censimento del 2001.

◆宮崎理枝「イタリアにおける外国人家事・ケア労働者の現状 」
 イタリアは、わが国と並び、高齢化率が最も高い国のひとつであるが、政策上、家族や福祉(社会)サービス領域への公的な介入に消極的であり、同国ではいまだに全国レベルでの公的介護制度が存在しない。
 そうした中、1990年代以降、高齢者や子どものケアの供給者として、外国人労働者の役割が非常に重要になってきている。こうした外国人労働者は集団労働契約により、家庭内での労働全般のうちの家事・ケア領域の労働者として、労働内容や経験によって最低賃金が定められている。今日、ケアニーズのある家族の約1割は、こうした家事、ケア労働者を雇用し、その数は約150万家族に及ぶといわれている。
しかしながら、外国人による介護労働では、いわゆるヤミ労働がひろく浸透してきた。そして、こうした外国人労働者の非合法的な労働関係と(特にEU域外国民の)滞在状態を合法化(正規化)“regolarizzazione”する施策が展開されてきた。この合法化は、2000年代以降、2度にわたり、家事・ケア労働者のみを対象として実施された。それにもかかわらず近年ではかえって、外国人家事・ケア労働者によるヤミ労働の比率は上昇する傾向がみられる。
 本発表では、こうしたヤミ市場でのケア・家事労働者が増加する背景について、2002年と2009年に行われたこの家事・介護労働者を対象とする合法化(正規化)施策、高齢者福祉政策の特徴、そしてこうした家事・ケア労働者の属性を明らかにしながら検証したい。

◆エリカ・ロッシ「スタジアムで過ごす日曜日の午後―在ミラノペルー移民の音楽的実践 Una domenica pomeriggio allo stadio. Pratiche musicali degli immigrati peruviani a Milano.」
 本報告では、ペルーで発祥したチチャ[chicha]という音楽ジャンルをペルー国際移民との関連性において取り上げる。とりわけ、ミラノ市の郊外に位置しているポルト・ディ・マレ駅[Porto di Mare]前のスタジアムで流れる音楽に焦点を当てながら在イタリアペルー人のトランスナショナルな実践について考察する。
チチャ音楽とは、1960年代にアンデス山脈から都会に向かって移住した、ペルー国内移住者が生み出した音楽である。移住者が集住したのは都会の貧困区域であり、チチャ音楽は「移住者の音楽」とも呼ばれた。しかし、ペルー人の国外への移民化が顕在化した1990年代には、チチャ音楽は移民とともに国境を越えた。そして、移住先のホスト国において移民ネットワークが形成されるようになると、チチャ音楽は海外で流通し始める。
 今回、ミラノの郊外にあるスタジアムで実施されるサッカ試合を機に、如何に音楽を中心とした宴会及びペルー風のフィエスタが生み出されるかを分析する。
 移民者は、移住先において自らの文化や言語を持ち込むことで、祖国の文化に新たな意味性を付与し、それを演じるための場所を造り出す。他方、人類学者プニナ・ウエブナーは 「移動する場所 (moving places)」という表現を用いて移民とともに場所も移動するという。すなわち、移民によって移住先に持ち込まれた物品や食品、行事用の道具や衣服などいったモノがはるかな国・故郷及びそこに居住する親類や愛しい人々を体現するため隔離した諸々の場所がつながっていく。ところが、ポルト・ディ・マレのスタジアムでは、ペルーとイタリアという二ヶ国に跨がる音楽実践が発揮されるわけではない。むしろ、他の移民集団との接触と合流も行われるため、送出国(ペルー)と受領国(イタリア)とのあいだのモノ・カネ・ヒトの流通を超えた、新たなトランスナショナリズムの捉え方を指示する。

◆杉野竜美「イタリアにおける移民子弟の教育問題:外国籍生徒の教育達成に影響を与える諸相について」
 イタリアにおける移民・外国人労働者の増加、特に家族再結合やイタリアで生まれる外国籍者の増加に伴って、学校教育においても彼らの教育が課題の一つとなっている。多くの移民受入れ国と同様、イタリアの学校でも移民子弟と受入れ国の生徒の間に教育格差が見られることから、本発表では、外国籍生徒の教育達成の低位性を取り上げ、その要因について社会関係資本(Social Capital)やネットワーク論の概念を用いて説明を試みる。(「教育達成」は、就学率、遅滞生徒、留年/進級率、進学の行方、中途退学を指標としている。)
 外国籍生徒の教育達成は、彼らの社会的統合の指標として、また、教育における公正性の観点から重要なテーマである。学校教育と労働は密接な関連があるため、学校教育における成果が、労働分野および社会的地位を左右すると言える。就労目的でイタリアへ移住してきた移民の労働分野は限定され周辺化されている上に、彼らの子弟である外国籍生徒の教育達成はイタリア人生徒と比べて低いことに鑑みると、教育達成の低い外国籍生徒が労働社会に参入する場合、就労分野は限定され周辺化された外国人たちの再生産が行われる可能性が高いからである。
 本発表では、外国籍生徒の就学・教育状況について、主に公教育省が発表している資料をもとに提示する。彼らの教育達成要因については、イタリアの研究グループによって行われた調査結果をもとにしている(E.Besozzi2002)。この調査結果では、構造的要因・心理的要因・学習に関する要因(本人の努力や他者の支援など)・文化的要因が複合的に作用すると述べられている中で、人間関係を中心とした「(学校での)心地よさ(Benessere)」を第一の教育達成要因として挙げている。本発表では、この調査結果をもとに、人間関係を資本とみなす社会関係資本の概念に着目している。そして、ドキュメント調査(D.Cologna(2003), “La sfera affettiva e familiare” に収録されている5家族のインタビュー資料または口述資料を分析対象)と、学校教育関係者への非構造化インタビュー調査(2008年春に実施)の分析を社会関係資本の概念を用いて説明したい。

参考文献/資料
Besozzi, E. (2002), "L’esperienza scolastica: mobilità, riuscita e significati dell’istruzione", Giovannini, G., Palmas, L.Q. (a cura di), Una scuola in comune: Esperienze scolastiche in contesti multietnici italiani, Fondazione Giovanni Agnelli, pp.55-91.
Cologna, D. (2003), "La sfera affettiva e familiare", Comune di Milano, I Figli dell'Immigrazione: Ricerca sull'integrazione dei giovani immigrati di Milano, Franco Angeli, pp.45-86.
Demaio, G. (2008), "I figli dell'immigrazione nelle scuole di Roma e Provincia", Caritas di Roma, OsservatorioRomano sulle Migrazioni: Quarto Rapporto, Centro Studi e Ricerche IDOS, pp.60-68.
Giovannini, G. (2007), "2.2. La scuola", Fondazione ISMU, Dodicesimo Rappoero sulle Migrazioni 2006, Franco Angeli, pp.129-147.
ISTAT, http://demo.istat.it/(政府中央統計局人口統計部HP)Home > cittadini stranieri > Popolazione Residente > Anno 2007 最終アクセス日2011年3月
Pittau, F. (a cura di) (1999), L'immigrazione alle soglie del 2000, SINNOS editrice.
Pugliese, E. (2000), "Gli immigrati nel mercato del lavoro e nella struttura dell'occupazione", Pugliese, E. (a cura di), Rapporto: Immigrazione lavoro, sindacato, societa', Ediesse, pp.65-87.
公教育省 (2005), Indagine sugli esiti degli Alunni con Cittadinanza Non Italiana: Anno Scolastico 2003/2004.
------------ (2005~2008各年), Alunni con Cittadinanza Non Italiana: Scuole statali e non statali


















# by storia-italiana | 2011-07-25 23:06
2011年 06月 07日

6月例会のお知らせ

共 催: 早稲田大学イタリア研究所
日 時: 2011年6月18日(土)15:00~19:00
会 場: 早稲田大学文学部(戸山)キャンパス34号館2階第3会議室
報告者: 眞城 百華(まきももか・津田塾大学国際関係研究所・研究員)
題 目: エチオピアにおけるオベリスク返還運動とイタリア侵略「責任」を巡る議論の展開

【報告要旨】
 2008年9月4日、エチオピア北部のアクスムにおいてイタリア侵略下で略奪されたオベリスクの返還と再建を祝う盛大な式典が開催された。本報告では1937年に略奪されたオベリスクが返還される過程をエチオピアとイタリアの両国関係ならびにエチオピアにおけるオベリスク返還運動の展開から見ることを目的としている。また、イタリア侵略の「責任」を巡る議論の展開をオベリスク返還の動きと関係付けて取り上げたい。  
 1947年のパリ講和条約でオベリスクの返還が明記されたにもかかわらず、実際の返還が2005年まで半世紀以上を要した背景には、両国関係ならびにエチオピアの政変が大きく影響を及ぼしている。エチオピア帝政期(1941-74)、軍事政権期(1974-91)、現EPRDF政権(1991-)の3政権の中でオベリスク返還にかかわる問題がイタリア侵略に関する問題とともにエチオピアにおいてどのように扱われてきたのかを問い直す。
 また返還を実現させた主体として特に注目するのが、オベリスク返還運動である。オベリスク返還運動は帝政期には国会議員を中心とした活動が展開されたが、エチオピア革命後の軍事政権下ではその活動を停止せざるを得なかった。軍事政権崩壊後に運動が再燃すると、運動を中心としてエチオピア全土でオベリスク返還を求める動きが高まり、政府間のオベリスク返還をめぐる交渉に発展した過程は興味深い。
 イタリア侵略を経験した世代が次々になくなりつつある中、イタリアとエチオピア両国間、またエチオピア国内においてイタリア侵略の「責任」を巡る議論が十分に尽くされているとは言いがたい現状がある。イタリア侵略の賠償や「責任」を巡る議論の展開、戦争や侵略の記憶、いまだイタリアに残されたエチオピアの遺産返還を巡る問題についても取り上げる。













# by storia-italiana | 2011-06-07 19:12


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