2014年 07月 06日

イタリア近現代史研究会全国大会

全国大会の概要
*統一テーマ:ナポレオン時代のイタリア
*場所:拓殖大学茗荷谷キャンパス
使用する部屋は9月会報でお知らせします

*日時と報告者:
9月27日(土)
13時〜14時50分 中村勝巳会員 「V.アルフィエーリのカトリシズム批判」
15時〜16時50分 奥田敬会員 
「ルーカ・デ・サムエーレ・カニャッツィとナポリ啓蒙の黄昏」
17時〜17時50分 総会
18時〜     懇親会

9月28日(日)
10時〜11時50分 森口京子会員 「ナポレオン時代の地方行政」
13時〜14時50分 小谷眞男会員 「ローマ法の危機とdiritto nazionaleの生成」

 報告題名はいずれも仮題で、変更される場合があります
「報告のねらい」「報告の概要」「主要参考文献」は9月会報でお知らせします


# by storia-italiana | 2014-07-06 22:28 | 2014年度
2014年 06月 08日

イタリア近代史研究会6月例会のお知らせ

1)6月例会のお知らせ
*日時:6月14日(土)、15時より
*場所:拓殖大学茗荷谷キャンパス D館206教室
(4月、5月の例会と建物・教室が違います)
*報告者:黒須純一郎会員
*テーマ:私のイタリア経済学史研究
     〜フェッラーラ、ベッカリーア、ガリアーニ〜
*報告の狙い
 ベッカリーアについては,『犯罪と刑罰』モルレ・フランス語版をもとに、すでに多くの研究がなされてきたが、
ミラノ王室学校の官房学講座の教材をまとめた『公共経済学原理』については、本格的研究はなされていない。ましてやベッカリーアの第三の顔となるミラノ公国行政官としての報告等の検討はほとんど手つかずの状態である。
 そのため、彼自身が啓蒙思想の基本文献を放出した事実、かつての盟友P.ヴェッリが、王室政府委員に就任後のベッカリーアは別人に成り果てたと非難した事実によって、『犯罪と刑罰』の啓蒙思想家ベッカリーアは変節したという見解をも生んだ。報告では、ベッカリーアの両著と政府文書の検討によってその真偽を確かめたい。
 ガリアーニは、エイナウディ、シュンペーターなどの紹介によって、それなりの評価を受けて来たが、漠然と「限界効用学派の始祖」として知られているに過ぎない。今回の報告では、『貨幣論』五篇の編別構成を解説することで学説内容を概観し、経済学史上のその先駆的意義と限界を明らかにしたい。
 フェッラーラについては、ジャーナリスト、トリノ大学教授、イタリア王国財務大臣の職責と共に遺された業績を、『フランチェスコ・フェッラーラ全集』全14巻に依拠して概観し、「ウルトラ・リベラル」(シュンペーター)と言われる学説的立場がどうであったか、その経済学的貢献は何であったかを明らかにしたい。
(報告レジュメと参考文献一覧は当日配布します)

2)全国大会の概要が決まりました。会場・時間割・報告内容など詳しいことは、7月会報でお知らせします。
*日時:9月27日(土)13時より、および28日(日)10 時より
*場所:拓殖大学茗荷谷キャンパス
*統一テーマ:ナポレオン時代のイタリア
*報告者:
中村勝己会員(題未定)  27日午後
奥田敬会員 
ルーカ・デ・サムエーレ・カニヤッツィとナポリ啓蒙の黄昏
(仮題) 27日午後
森口京子会員(題未定)    28日午前
小谷眞男会員 法典編纂・
「ローマ法の危機」・”diritto nazionale":
イタリア法文化史におけるナポレオン期の意義・再考
(仮題) 28日午後

7月、8月の例会はありません



# by storia-italiana | 2014-06-08 10:36
2014年 05月 07日

イタリア近現代史研究会5月の予定

    5月例会のお知らせ

(1)5月例会を下記の通り開催します。
日 時:2014年5月17日(土)15:00〜
会 場:拓殖大学茗荷谷キャンパス C館511教室
(東京メトロ丸の内線・茗荷谷駅から徒歩5分。
C館は正門を入って一番奥 の建物です。)
会場案内:http://www.takushoku-u.ac.jp/map/bunkyo/map_b.html

報告者: 平井直子会員 (川崎市民ミュージアム)
題目:ファシズム期建築における「インターナショナル・スタイル」の受容 
 ミラノの<フィジーニの家>を事例として 
<報告のねらい>
イタリアにおいて、近代建築・デザインにおける「モダニズム」の歴史は、アルプス以北から受容するというかたちで展開してきた。1920年代の「インターナショナル・スタイル」も例外ではない。コルビュジエに心酔した20代の若者が、率先して、イタリアにおいて展開していったものである、というのが、一般的な見方であろう。しかしながら、ある様式の受容に際しては、受容する側に何らかの動機や要因がなければ、受容は起こりえないというのは、影響関係を語る際にしばしば言われているとおりである。イタリア側にどのような内発的な理由があ ったのか。本発表ではミラノに建設された《フィジーニの家》をひとつの事例として取り上げ、このことについて検証したい。


(2)  6月例会は以下のとおり開催の予定です。
日 時:2014年6月14日(土)15:00〜
会 場:拓殖大学茗荷谷キャンパスの予定
(東京メトロ丸の内線・茗荷谷駅から徒歩5分)
会場案内:
http://www.takushoku-u.ac.jp/map/bunkyo/map_b.html

報告者: 黒須純一郎氏
題目:私のイタリア経済学史研究
フェッラーラ、ベッカリーア、ガリアーニ 


        



# by storia-italiana | 2014-05-07 23:31 | 2014年度
2014年 04月 07日

4月例会のお知らせ

日 時:2014年4月19日(土)15:00〜
会 場:拓殖大学茗荷谷キャンパス C館511教室
    (東京メトロ丸の内線・茗荷谷駅から徒歩5分。C館は正門を入って一番奥の建物です。)
    会場案内
報告者:濱口 忠大 会員(甲南高等学校・中学校)
題 目:「対抗リソルジメント ――K.ブルックの中北部イタリア関税連合構想――」

【報告要旨】
 本報告の目的は、リソルジメント期のイタリア史について、オーストリアの側から、報告者が長く研究対象としてきた港町トリエステの視点を加味して再解釈することである。特にK.ブルック(オーストリア商相、後に財相)が1850年代に展開したオーストリア-モーデナ-パルマ間の中北部イタリア関税連合構想に焦点を当て、統一国民国家とは異なるイタリア統合の可能性について考察したい。
 19世紀半ばは、ヨーロッパ各地でナショナリズムが台頭するだけでなく、交通機関の飛躍的な発展に伴って各国が国際商業上の新たな優位性を競った時代でもあった。その中でイタリアは、喜望峰に代えてスエズ地峡を経由する交易路への関心の高まりと共に、東方貿易の拠点として改めて注目を集めることになった。だからこそオーストリアとサルデーニャ王国は、北イタリアの支配権以前に、各々の海港都市トリエステとジェノヴァを拠点としたアルプス以北と地中海を結ぶ交通軸の主導権を巡って争うことになった。
 中北部イタリア関税連合は、この競争をトリエステに有利に運ぶと共に、オーストリアとイタリアを結ぶ大規模経済圏の実現によって北イタリアの民族運動を宥和しようとするものでもあった。報告者はこの試みを「対抗リソルジメント」と呼んで、統一国民国家の建設を目指した所謂リソルジメント運動への対案として評価したい。
 併せて注目したいのは、ブルックとカヴールとの間に幾つかの重要な共通項が見出せることである。二人は共に自由主義者を自任していたし、イタリア半島全体というよりも北部に関心を集中していた。そこで本報告では、1850年代のリソルジメントの展開を、穏健派対民主派の図式ではなく、主として北イタリアを舞台に展開された、オーストリア-サルデーニャ間の、自由主義者同士による異なる地域統合モデルの相克関係という視点から描き直すことを試みたい。併せて、「新絶対主義」時代のオーストリアの中欧再編構想におけるイタリアの位置づけも提示できるように努めたい。

【主要参考文献】
史料
1.Giornale del Lloyd Austriaco, Trieste, Tipografia del Lloyd Austriaco, 1836-1848.
2.BRUCK, Karl Ludwig von, Die Aufgaben Österreiches in Charmatz, Richard, Minister Freiherr von Bruck : Der Vorkämpfer Mitteleuropas, Leipzig, Verlag von S. Hirzel, 1916.
3.CAVOUR, Camillo Benso di, Scritti di economia 1835-1850, Milano, Feltrinelli, 1962.
4.REVOLTELLA, Pasquale, La compartecipazione dell'Austria al commercio mondiale : considerazioni e proposte, Trieste, Tipografia del Lloyd austriaco, 1864.

二次文献
5.AGNELLI, Arduino, La genesi dell’idea di Mitteleuropa, Trieste, Mgs Press, 2005.
6.LO GIUDICE, Giuseppe, Karl Ludwig von Bruck : un ministro liberale alla corte degli Asburgo, Udine, Del Bianco, 2010.
7.MARCELLI, Umberto, Cavour diplomatico, Bologna, Arnald Forni Editore, 1961.
8.MELLINATO, Giulio (a cura di), Cavour & Trieste : Percorsi, politica e commerce nel Risorgimento, Trieste, Edizioni Comune di Trieste, 2010.
9.PISCHLER, Rupert, L’economia lombarda e l’Austria : Politica commercial e sviluppo internazionale 1815-1859, Milano, FrancoAngeli, 2001.
10.TONIZZI, Elisabetta M., Cavour e Genova. Economia e politica, Genova, Genova University Press, 2011

# by storia-italiana | 2014-04-07 22:42 | 2014年度
2014年 02月 19日

2013年度全国大会

日 時:2014年3月2日(日)12:30〜18:10
会 場:京都産業大学 むすびわざ館 3-A教室
    (JR・丹波口駅徒歩4分/阪急・大宮駅徒歩7分/京福・四条大宮駅徒歩7分)
    会場案内:http://www.kyoto-su.ac.jp/outline/shisetsu/musubiwaza/access.html

テーマ:「70年代改革」

【プログラム】
12:30~13:00 総会
※総会中にご昼食をお摂りになる方は飲食物をお持ち下さい。

13:00~13:10 趣旨説明
コメンテーター:鈴木 桂樹 会員(熊本大学)

13:10~14:00 芦田 淳 会員(国立国会図書館)「地方分権」
14:00~14:20 コメント・質疑応答
コメンテーター:伊藤 武 会員(専修大学)

14:30~15:20 椎名 規子 会員(拓殖大学)
 「1975年家族法改正の歴史的意義―憲法裁判所判決の推移と離婚法の制定をふまえて―」
15:20~15:40 コメント・質疑応答
コメンテーター:宇田川 妙子 会員(国立民族学博物館)

15:50~16:40 浜井 浩一氏(龍谷大学)「罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦」
16:40~17:00 コメント・質疑応答
コメンテーター:小谷 眞男 会員(お茶の水女子大学)

17:10~18:10 総合討論
コメンテーター:鈴木 桂樹 会員

19:00~21:00頃 懇親会


# by storia-italiana | 2014-02-19 02:19 | 2013年度
2013年 12月 11日

12月例会のお知らせ

日 時:2013年12月26日(木)15:00〜
会 場:早稲田大学 西早稲田キャンパス 55号館N棟・1階・第2会議室
報告者:高橋 進 会員(龍谷大学法学部)
題 目:ムッソリーニとファシズム、その時代

【報告要旨】
はじめに
 21世紀に入り10年を過ぎ、もうすぐ、第一次世界大戦の開始(1914年)とファシズム生誕(1919年)から100年に達しようとしている。これまで、日本でのイタリア・ファシズム研究は、ナチズム研究にはまだまだ及ばないにしても、それなりの蓄積がある。それらをできるだけ踏まえて、このあたりでムッソリーニとイタリア・ファシズムの全体像を構想することを試みたいと考えている。その出発点として、本報告ではナチズムを念頭に置きながら、ムッソリーニとファシズムに関していくつかの論点を提示し、皆さんの議論を喚起し、その議論から学ばしていただきたい。

1、革命家、社会主義者ムッソリーニとそのことのイタリア・ファシズムの思想や体制の内容への影響─ ヒトラーは社会主義者の経験はない。ムッソリーニは社会党の機関誌"Avanti"の編集長で、活動家であった。このことのイタリア・ファシズムの思想の内容への影響を検討したい。私自身は、これまでファシスト・ムッソリーニの形成後しか考察してこなかったことの反省を踏まえて・・・。

2、ファシズム体制の権力構造と政策形成
(1)ファシズム体制の権力構造に関しては、「サブリーダー論」(石田、小山)等によって一定明らかにされてきた。しかし、そのサブリーダーたちの仕事はナチス体制のようなかなり明確な分業体制でもなく、サブリーダーたちは次々と入れ替わり、またその担当分野は変更されている。ファシズムは「近代化」を目指したといわれるが、テクノクラート官僚・政治家は、1930年代のIRI等を除けば、あまり登場してこない。これらのこととファシズムの特徴との関係を考察したい。
(2)1920年代から30年代の初めまでの国家制度の形成や組合問題に関しては、政策形成者や対立関係がかなり論じられてきた。しかし、1930年代後半の政策に関しては、エチオピア戦争や第二次大戦への参戦を除いて、とくに人種法に関しては日本ではその推進者や動機などまだ十分に研究されていない。この点を少しでも検討したい。

おわりに
 ムッソリーニとファシズムをその時代の中に置いてその意味を今一度考察する。


【参考文献】
小山吉亮「ムッソリーニ独裁とサブリーダー」『現代史研究』50号、2004年
石田憲『ファシストの戦争』千倉書房、2011年
石田憲『地中海帝国新ローマ帝国への道』東京大学出版会、1994年
ニコラス・ファレル『ムッソリーニ 上』白水社、2011年
R.J.B. Bosworth, Mussolini, Hodder Arnold, London, 2002.


# by storia-italiana | 2013-12-11 12:11 | 2013年度
2013年 10月 29日

11月例会のお知らせ

日 時:2013年11月2日(土)14:00〜
会 場:明治大学 駿河台キャンパス リバティタワー9階 1091教室
共 催:明治大学イタリア文化研究所
報告者:阪上 眞千子 会員(名古屋外国語大学)
題 目:サン・マリーノ法:中世法の現代的存在形態か?

【報告要旨】
 報告者は本来は南イタリア中世法を専門とする者であるが、ここ数年はサン・マリーノ法をも研究対象としてきた。それは、サン・マリーノ共和国の法制度が法史学研究者にとって非常に興味深い特徴を有しているからである。この国の国家組織が中世のコムーネ体制の名残を残していることは、近年我が国においても知られるようになったが、法もまた同様に前近代に遡る制度をそのまま残しているように見える。その一つが普通法の現代における存続という特徴に現れていると言われる。
 本報告ではこの国の国家組織や法制度を概観しながら、中近世法と現代とのユニークなコンビネーションを明らかにしていきたいと考えている。ただし、報告者はローマ法の専門研究者ではないため、普通法の解釈適用という法学の重要問題に深くコミットできる能力を持ち合わせていないということだけお断りしておきたい。


拙稿 「サン・マリーノ共和国の法と裁判・序論」(阪大法学55−6、2006)
同 「サン・マリーノ共和国の『憲法』」(日伊文化研究49、2011)
同 「サン・マリーノ法史における妻の地位の変遷」(比較家族史研究27、2013)

# by storia-italiana | 2013-10-29 09:29 | 2013年度
2013年 10月 11日

10月例会のお知らせ

日 時:2013年10月12日(土)15:30〜
会 場:早稲田大学 西早稲田キャンパス 55号館N棟・1階・第2会議室
報告者:福家 崇洋
題 目:日伊交渉の25年

【報告要旨】
 本報告は、1920年頃から45年頃までの日伊交渉を親睦団体の結成と展開という視点から見ていくことを目的としている。日伊交渉の研究はこれまで明治期の美術関係に焦点が当てられてきたが、近年では1920〜40年代を対象とした、例えばイタリアの紹介につとめた下位春吉、ローマ日本美術展覧会、日独伊三国同盟など、美術関係に限らないさまざまな分野で優れた成果が公にされている。報告者もこれまで1920年代日本におけるイタリア・ファシズム観やムッソリーニ論を研究してきたが、今回の報告では時代、分野とも広げて1930、40年代を含めた日伊交渉をとりあげる。とりわけ美術、歴史、政治など断片的に考察されてきた日伊交渉やイタリアからの社会的影響を可能な限り綜合的に捉えながら、こうした交渉を背景として日伊両国で生まれた親睦団体(伊学協会、日伊協会など)がどのような軌跡をたどったのか、またこれらの団体が日伊両国をどのように結びつけていったのか、その一端を本報告で明らかにできればと考えている。

# by storia-italiana | 2013-10-11 10:11 | 2013年度
2013年 07月 12日

7月例会のお知らせ

日 時:2013年7月27日(土)15:00~17:00
会 場:専修大学 神田キャンパス1号館・8階・8B会議室
報告者:神山 知洋
題 目:イタリア・キリスト教民主党の“左への開放”(1962年)の再検討
    -カトリック教会との関わりを中心に

【報告要旨】
 本報告は1962年に行われたDC(キリスト教民主党)の「左への開放」の意義を再検討するものである。
 先行研究の多くでは、マックス・ウェーバーの「脱魔術化」の議論のような、近代化および「世俗化(secolarizzazione)」の進展にともないイタリア政治におけるカトリック教会の「存在感」が弱まっていったとする議論に基づき、「左への開放」はDCがカトリック教会からの自律化を遂げていった結果起こった事象であるとの解釈が行われてきた。しかしながら、現在に至るまでイタリアにおいて多くの新興宗教やセクトが存在してきたことを考えると、このような解釈には疑問が残るものである。とりわけ注目に値するのはピウス11世によって組織化された「カトリック行動団(Azione Cattolica, AC)」から自律化した「カトリック運動」がこの時代に登場したという点である。「カトリック復興運動(Il Movimento Rinascita Cristiana)」や「マリア慈善団体(L’Opera di Maria)」といった諸運動はいずれもこの時代に活発化したものである。これらの諸運動はファッジョーリの述べているような「ACが主導する単一の規範に基づくカトリック運動」からは外れたものであり、そのような現象を鑑みれば、むしろ1950年代から1960年代初頭のイタリア社会においては「世俗化」と同時に「信仰の多様化」が進んでいたとみるべきであろう。
 本報告では、このようなイタリア社会の「世俗化」に関する通説とは異なる解釈を踏まえた上で、1950年代から60年代初頭のイタリア政治においてはDCがカトリック教会と歩みを共にしていた部分があったのではないかという可能性を検討する。既に述べたように、従来の通説では1962年のDCの左旋回は、イタリア社会の「世俗化」の進展に伴いカトリック教会からDCが自律化を遂げ、その結果起こった現象であるとの解釈がなされてきたが、実際には「左への開放」を決定づけた1962年の第8回ナポリ党大会における議論では、モーロは「左への開放」を実現するために当時の教皇ヨハネ23世の二つの回勅「マテル・エ・マジストラ(Mater et magistra)」および「パーケム・イン・テリス(Pacem in terries)」において示された価値観、つまり「補助性原理」および「人格主義」を引き合いに出すことで、「左への開放」を正当化したのであった。これらの回勅は、前述したような「世俗化」と「信仰の多様化」が同時に進展するイタリア社会へのカトリック教会の考えが反映されたものであるが、この部分において、DCの「左への開放」とカトリック教会は立場を共有していたと言えるだろう。
 このような議論から、1962年のDCの「左への開放」はカトリック教会からの自律化の帰結として起こった事象としてではなく、むしろDCとカトリック教会が立場を共にした結果として起こった事象として解釈されるべきである。これをもって本報告の結論とする。

【参考文献】
Baget Bozzo, G., L’Intreccio: Cattolici e Comunisti 1945-2004, Mondadori, 2004.
———Il Partito Cristiano e L’Apertura a Sinistra-la DC di Fanfani e di Moro 1954-1962, Vallecci, 1977.
Di Capua, G. e Messa, P., Dc. Il partito che fece l’Italia, Marsilio, 2011.
Faggioli, M., Breve Storia dei Movimenti Cattolici, Carocci, 2008.
Formigoni, G., L’Italia dei cattolici: Dal Risorgimento a oggi, Il Mulino, 2010.
Galli, G., Storia della DC, Kaos edizioni, Milano, 2007.
Saresella, D., David M. Turoldo, Camillo De Piaz e la Corsia dei Servi di Milano (1943-1963), Morcelliana, 2008.
松本佐保『バチカン近現代史』(中央公論新社 2013年)

# by storia-italiana | 2013-07-12 19:12 | 2013年度
2013年 04月 17日

4月例会のお知らせ

【4月例会】

共 催:イタリア言語・文化研究会
日 時:2013年4月27日(土)15:00~
場 所:早稲田大学戸山(文学部)キャンパス新33号館8階第9会議室
報告者:(1) 津田悠一郎、(2) 倉科岳志
題 目:(1) イタリア語の音韻構造、(2) 晩年期のクローチェ―ファシズム病気論と弁証法の起源―

【倉科会員 報告要旨】
本報告の目的は、G・サッソとM・ムステの先行研究が方向性を示しながらも明示しえなかった、晩年期ベネデット・クローチェにおける深化された精神哲学に至るまでの内的思想過程とその構造を考察することにある。そのさい、当時のクローチェが「文学」概念を新たに構築し、そこに「文明」の契機を見始めていること、ナチズムの蛮行を目の当たりにして人間精神に内在する「悪」に着目するようになったこと、ファシズム批判の末にその再生を防ぐ方策を念頭に置きながら自らの哲学を再考していることを考慮する。
結論のみを簡潔に述べれば以下のごとくなる。クローチェは自らの精神哲学の深化にあたって、歴史に上位と下位を想定した。普遍的な層を構成する上位の歴史叙述には、「詩」の歴史、哲学史、「倫理-政治」史があり、これらを支えるのが「文学」史、科学-技術史、政治-経済史で構成される文明史である。上位の歴史を書くにしても、下位の歴史を書くにしても歴史叙述の真実性を保証するのは文献学である。したがって、文献学自体は直接的に真理を明らかにすることはできないにせよ、道具的な価値を有しているとされる。これら歴史的現実を作り出す人間精神の根底にあるのが「生命性」であり、晩年期のクローチェの努力は、ときに悪に転化し猛威を振るう「生命性」というものをいかに精神のなかに置づけるかということに向けられていた。


# by storia-italiana | 2013-04-17 18:44 | 2012年度


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