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イタリア近現代史研究会

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2008年 05月 22日

5月例会のお知らせ

5月31日(土)15時~

報告者:千野 貴裕
題 目:クローチェの『戦争論』における歴史叙述の政治思想
――『歴史叙述の理論と歴史』を手がかりに――
会 場:日本女子大学(目白キャンパス)百年館高層棟3階301会議室

【報告要旨】
 本報告は、クローチェの『一九一四年から一九一八年までのイタリアー戦争論』(以下、『戦争論』)に内在するかれの「歴史叙述の政治思想」を析出することを目的とする。クローチェが恐れたように、もし第一次大戦がイタリアの歴史的連続性を断絶させるならば、「すべての歴史は現代史」であることに基礎づけられた、かれの広義における政治的構想は破綻してしまう。時事的関心に裏付けられつつも、すぐれて歴史に対する関心をもつ『戦争論』という著作から、かかる歴史的断絶の危機に対抗するクローチェの政治思想、すなわち「歴史叙述の政治思想」を析出する試みは、クローチェを理解する上で重要なモメントであると言えるだろう。
 
 クローチェは、一九一五年に書かれた『私自身の批判への貢献』(以下、『自伝』)において、『クリティカ』誌の創刊と密接に結びついたかれ自身の課題と思想的姿勢を明示した。すなわち、統一イタリアの知的・道徳的再覚醒という大問題に鑑みた自らの課題は、「過去五〇年間の、つまり新イタリア形成以来のイタリアの知的活動の解明」であって、『クリティカ』はかかる課題への貢献を志向するものであった。他方でクローチェは、実践的活動と理論的活動の相克という古典的問題に苦悩しつづけたことを告白するが、その後の『クリティカ』における仕事がかれにとっての「政治的な仕事」、「広義における政治」となったことで、それら二つの領域の統合が果たされ、それにともなう「平静な意識」が形成されたことを述べる。こうしてクローチェにとっての「政治」は、現実政治への具体的関与(狭義の実践的活動)ではなく、『クリティカ』の理論的活動を通じて「過去の知的活動の解明」へと関与する「広義における政治」となったのである。「広義における政治」は、その端緒から、「過去の知的活動の解明」という形で、歴史叙述の性質を色濃くもつものであった。このことを『歴史叙述の理論と歴史』(以下、『歴史叙述』)に即して言うならば、「すべての歴史が現代史である」こと、つまり過去と現在をつなぐ歴史的連続性が存在することによって、歴史叙述の可能性が担保され、したがって「過去の解明」という形で歴史叙述が政治的意味をもつのである。しかしながら、時代状況はかれの意識を平静のままにすることを許さなかった。クローチェの読者は、かれの『自伝』が、過去との連続性を断絶させ、したがって未来を不確定にする「大いなる戦争」がイタリアをも襲うであろうという不安の表明によって閉じられていることを看過するべきではないだろう。つまり歴史叙述と結びついたクローチェの「広義における政治」は、現実政治の極限たる戦争によって、しかもこれまでの戦争とはその本質において異なる戦争がもたらすであろう過去との断絶によって、早くも揺さぶられているように見えるのである。
 
 ここに、歴史叙述と不可分な関係にある「広義における政治」によって実践的活動と理論的活動の相克を超克することを図ったクローチェの政治思想的基礎を、『戦争論』の諸論考(なかんずくその第二部「戦争中のイタリア」の諸論考)と合わせて検討する必要があると言えよう。『戦争論』においてクローチェは、かれの精神哲学の体系における有用性の観点から、一方で現実政治の側面を強調することで、イタリアと敵国ドイツが依って立つ論理の相同性を指摘する。しかし他方でかれは、まさに精神哲学の体系に依って、戦争時における二つの倫理的義務を論じる。「祖国への義務」ならびに「真理への義務」と呼ばれるそれらの義務のうち、前者が個人を超えた存在たる祖国を防衛することの倫理的義務とされるのに対して(しかしクローチェは国家を絶対視することを注意深く戒めている)、後者は哲学などの諸学をー戦争に関わらずー保持することで戦後の知的復興を用意する義務とされる。これら二つの倫理的義務は有用性の論理に基づく現実政治の上に位置しつつ、共通して摂理としての歴史を審級とするところに特徴をもつ。つまり、前者の義務は「生は永遠の闘争」であるとする歴史観に支えられており、後者の義務は人間の知的活動の普遍性によって担保される。さらにこれらの二つの倫理的義務は、「真理への義務が祖国への義務を包摂する」関係におかれ、真理への義務が祖国への義務を正当化するという関係に位置づけられる。ところで、『自伝』において述べられた、歴史叙述と不可分な関係にある「広義の政治」は『戦争論』における二つの倫理的義務にまたがるかに見える。つまり、クローチェの「広義の政治」の終局的目的は、「過去の知的活動の解明」を通じて統一イタリアの知的・道徳的再覚醒を用意することであるが、それは一方で祖国イタリアに奉仕する義務であり、他方で知的活動の歴史的連続性を詳らかにすることによって真理への義務を果たすものである。けれども、『自伝』の検討から析出されたように、歴史的連続性を断絶させるかに見える「大いなる戦争」を前にして過去を探求することが困難であるならば、その「断絶」に対抗して歴史叙述を可能にする思想的契機が必要となる。
 
 本報告は、『歴史叙述』を参照することで、クローチェ自身の思考に即しつつ、この問題に対する若干の指摘を行いたい。先に触れたように、もし過去と現在をつなぐ歴史的連続性が断絶させられるならば、歴史叙述の現在性、つまり歴史叙述が現在の生を照らす鏡となることはありえない。そこでは、歴史的連続性の反対に偶然性(あるいは必然性と称するもの)が支配する世界が出現することだろう。『歴史叙述』におけるいっさいの議論を可能にするものとしての歴史的連続性は、同時に、「過去の知的解明」、「広義における政治」、「真理への義務」といった『自伝』ないし『戦争論』におけるクローチェの思想的要諦に深く結びついているのである。報告者は、以上の問いを提起した上で、「歴史的連続性の断絶」に対抗する「歴史叙述の政治思想」の契機を『戦争論』の諸論考から析出することを目指す。

【主要参考文献】
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by storia-italiana | 2008-05-22 14:15 | 2008年度


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